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会社が変わるには

・昨年11月、日経の世界経営者会議に参加した。毎年経営者の話を聞いているが、投資の参考になることが多い。いくつかを取り上げてみたい。

 ・モルガンスタンレーのJ・ゴーマンCEO(当時)は、2014年にCEOとなり、10年を経て、2023年末に退任した。オーストラリア出身の弁護士で、マッキンゼー、メリルリンチで働き、2006年にモルガンスタンレーに入り、2008年のリーマンショックに直面した。

 ・この時、三菱UFJ銀行から90億ドルの出資を受け、危機を乗り切った。以来、三菱UFJ銀行とは良好な関係を築いてきた。

 CEOとして10年、ビジネスモデルを大きく変革し、時価総額でGS(ゴールドマンサックス)を上回っている。IB(インベストメントバンキング)とトレーディングでは、変動リスクが大きいということで、ウェルスマネジメント分野の拡大を図った。

 ・富裕層向けAM(アセットマネジメント)は、船の底荷のようなもので、経営に安定をもたらすが、船が重くなるのでスピードは出ない。全体として、スピードと安定のバランスを図った。

 ・変革には、トップがリーダーシップを発揮し、企業文化を育てることが求められる。ウォール街でトップに立つ資質として、1)自らに足らないところはチームで、2)自信と信念を持って人がついてくるように、3)しぶとくやり抜くレジリエンスを発揮し、4)精神的、身体的に安定を保ち、5)戦略をしっかり立て、よいコミュニケーターであること、が必須であると語った。

 ・自らの後継者(サクセッサー)は、3人中からえらばれた。米国企業では珍しく、トップ争いに外れた2名も会社に残って、新しいCEOを支えることになった。

 ・三菱UFJ銀行とのアライアンスは、上手くいっている。三菱UFJサイドの歴代のトップ4名とは十分なコミュニケーションをとっており、半年ごとの運営委員会で議論を続けてきた。

 ・ゴーマン会長の見立てによると、1)米国経済はソフトランディングできる。2)米中のデカップリングは一時的で、相互依存の中で人々は生きている。3)しかし、ロシア、イスラエル、中南米は複雑で、不安がつきまとう。4)日本は30年ほど苦境に立ってきたが、よい方向にある。その中で、人口を増やすには、①子どもを増やすか、②移民を入れることである。これができるか、と指摘した。

 ・シュナイダーエレクトリックのP.J.トリコア会長は、デジタルとエネルギーを軸に、サステナビリティ経営を実践してきた。まず、サステナビリティを経営の根幹に置いた。戦略とサステナビリティを統一して、それを文化にするまで実行した。グローバルコンパクトを共通語として、すべてのエコシステムを創ってきた。

 ・世界200の工場、100のディストリビュータセンターで、デジタル化を進めた。まずは適切なパートナーを選んだ。自ら開発するのではなく、今あるシステムを使った。IoTに今ある装置を使い、クラウド化した。すべてのものを繋ぐ。その上で、データをとる。データには意味付をしておく。このリファレンスで、アセットとしての価値が出てくる。すべてをオープンにしてつないでいった。

 ・これによって、IoT領域で、最もインパクトのある企業の1社となった。GXDXを実践している。アジアと中心に市場を広げている。サステナブル経営で企業価値の向上を図っている代表企業として注目できる。

 ・企業を変革する人材はどう育つか。会社が変わるには、人が変わり、組織が変わり、企業文化にまで及ぶ必要がある。エグゼクティブからミドルまで、そのマネジメント人材は、教育で変わるのか。一定の基礎を学ぶ必要はある。それを実践して、体験を積んでいく必要もある。自らの創意工夫も求められる。

 ・スキルはトレーニングできる。ソリューションはコンサルから出てくるかもしれない。インセンティブシステムは、やる気を引き出すことにつながる。目標達成に向けて、自らをどう変えていくのか。従来の自分のままでは、悩みは尽きない。抵抗感をかかえたままでは、行動変容までいかないことも多い。

 ・新しいアイデア、意味付けの見直し、従来とは違った気付きなど、自分を変えていくには、コーチについてコーチングを受けるとよい。経営者は壁に向かって話しているともいえる。エグゼクティブは本当に悩んでいることを、周りには話しにくい。オフタイムの飲み会でストレスを発散しているだけでは、次につながらない。

 ・経営層にコーチングが広まっている。2つの側面があろう。1つは、コーチングのノウハウをよく知ることによって、自分の言動に新しい規律をもたらすことができる。もう1つは、実際にコーチについてもらうことで、対話を通して、自分を発見し、納得していければ、その効果は大きい。

 ・コーチ・エイの鈴木社長は、コーチングによる組織改革をサービスとして提供している。米国の企業では7割の経営者が、エグゼクティブコーチングを取り入れているという。コーチとの対話を通して、自分をバージョンアップしていく。

 ・会社のさまざまなレベルでコーチングが実施されると、組織風土が一気に変わると強調する。それならばやってみる価値はあろう。筆者も会社勤めの頃、コーチングの研修に参加して、大いに触発された。

 ・このコーチングのノウハウをAI化したAIコーチングも始まっている。コストが大幅に安くなるので、1万人の社員に1度に導入できるという。AIコーチングで、毎日会話していくと、人の意識は変わってくる。中長期の視点も育ってくるいう。こうなればおもしろい。

 ・企業を変えるのは、①リーダーである、②ガバナンス(社外)である、③組織である、④社員のインセンティブと教育であるなど、さまざまな視点がありうる。その中で、共有、共感を通して、11人がレベルアップするにはコーチングも有効であろう。

 ・実は、投資家と企業との対話も、双方にとってのコーチングという側面があろう。緊張感のある対話を通して、情報のフィードバックを活かし、互いの行動変容に結び付けていく。信頼感が醸成され、企業価値の向上が図れれば、その効果はwinwinである。企業変革の要は何か。これを経営者と議論して、それを実践する会社に投資したい。

 

PBRのもう1つの意味

・財務分析では、主要項目を分解して理解を深めていく。例えば、ROE = 売上高利益率×総資本回転率×財務レバレッジと分ける。最近では、PBR=ROE×PERもよく使われている。

・日本企業のROEが低い理由は、売上高利益率の低さにある。PBRが1.0倍を割っているのも、ROEが低いからである、という指摘もよく知られている。

・ただ、この手の分解は、注意してみていく必要がある。数式で分けてみるということと、その意味を理解することは異なる。人がものごとを判断する時、その要因をきちんと分けてみることは重要である。一方で、分解しても要因が特定できないこともある。

・PBR=ROE×PERという算式は、ROE=PBR/PERとも表記できる。ROEを改善するには、PERを低めに抑えた方がよいといえるだろうか。ほとんど無意味といえよう。

・財務数値の分解は、そもそも要因が互いに独立ではないことが多いので、理解しやすいからといって、短絡的に結び付けてしまわない方がよい。

・ROE 8.0%×PER 10倍=PBR 0.8倍という企業にとって、収益性を高めることと、成長性を高めることは、互いに独立ではなく、かなり結び付いていることが多い。

・PBR 0.8倍は、どのように解釈すればよいのか。バランスシートの自己資本(簿価)に対して株価(時価)がそれを下回っている。ということは、帳簿上の資産が実態として目減りしているともいえる。

・つまり、資産の一部が、企業価値を生まない不良資産や不稼働資産になっているかもしれない。では、その不良資産を除けば、PBRは1.0倍に戻すことができるのか。価値を生まない不良資産とは、実際何なのか。ここを知りたい。

・売れもしない商品の在庫が貯まり、それを作る設備が余っているのか。うまくいくと思って買収した企業ののれんが実は無駄になっているのか。安全のために株や現金をもっているが、それが役立っていないのか。とすれば、それらを再構築すればよい。

・ROE 15%×PER 20倍=PBR 3.0倍という時の3倍は何を意味するのか。純資産の時価が簿価の3倍あるので、総資産に純資産の2倍を足したものが、時価の資産ということになる。つまり、見えない資産が純資産の2倍あると評価されている。

・この見えない資産とは何か。商品やサービスがもっと売れるはず、のれんがどんどん価値を生むはず、ということを意味しているともいえる。

・さらに言えば、新たな企業価値を生み出す仕組みのうち、バランスシートに載ってないものを、市場が評価しているともいえる。それは、人的資本、知的資本、組織資本などを反映したものである。

・PBR 0.8倍は、純資産の20%に相当する不稼働資産がある。PBR 3.0倍は純資産の2倍に相当する優良な見えない資産を有している。

・PBR 0.8倍は、収益性が低く、成長性も今1つである。PBR 3.0倍は、収益性が高く、成長性も高く評価されている、という解釈ができよう。

・何がポイントなのか。PBR=ROE×PERは1つの算式であるが、それをそのまま因果関係と結び付けないことである。企業の価値創造の仕組みがビジネスモデル(BM)である。BMを3つの側面からみる。

・①BMは今いくらのROEを生み出しているのか。②このBMの成長性はどのくらいあるとみられているのか。そして、③BMの時価は簿価に対して、どのように評価されているのか。

・その上で、投資家が知りたいのは将来である。今のBMをBM1とすれば、将来の目指すBMをBM2として、それをどのように実現していくのか。その戦略を知りたい。それを支える経営力は十分か。成長をリードするイノベーションに取り組んでいるか。

・突然ドスンとくることがないように、リスクマネジメントはできているか。サステナビリティのベースとなるESGはしっかり運営されているか。こうしたBM2の評価がPBRに現れてくる。

・まだ十分評価されていないとすれば、BM2とそれに向けた戦略を大いに語ってほしい。PBRはROE×PERの結果ではなく、独立した1つの財務指標として、その意味付けを充実してほしい。

・ここが本物でないと、企業価値の向上もおぼつかないものとなろう。ここを見極めて、PBRの上がる企業に投資したい。

 

企業買収を戦略に活かす

・M&Aが当たり前になってきた。筆者がアナリストレポートを書いている企業においても、自らのサステナビリティの確保、成長性の追加のためにM&Aが実行されている。

・目的は何か。①自らの本業を強化するために、同業他社を傘下に入れる。②事業を多角化するために、土地勘のある異業種事業を手に入れる。③海外事業の拠点と顧客を獲得するために、海外の類似企業を買収する。

・④事業ポートフォリオを入れ替えるために、新規の周辺事業を手に入れる。⑤周辺事業を強化するために、合弁事業を自社の完全子会社にするなど、さまざまな理由があげられる。

・規模はどうだろう。自己資本、営業キャッシュ・フロー、借入余力などからみて、無理のない範囲で行われている場合が多い。公募増資を利用する場合もあるが、その後のPMIに時間を要すると、投資家の反応はネガティブになる。

・買収後、企業価値は向上しているか。投資リターンは、十分見合っているか。本業の中に一体化してしまうと、外からは分けてみることができない。それでも、全体の収益性が高まっているなら問題ない。

・別のセグメントに分けられて、PMIに時間を要していると、低収益性が目立って、その後の対応が課題となってくる。新たな事業基盤を確立し、成長性が高まり、サステナビリティにうまく結びつくと評価は一気に向上してくる。それには、3~4年を要することも多い。

・2023年8月に、「企業買収における行動指針」が経産省から出された。産業組織課の話を聞きながら、M&A戦略を企業評価にいかに活用するかを再考した。

・スピンオフに関する税制改正で、カーブスホールディングスが、コシダカホールディングスからスピンオフした。コロナ禍を乗り越えて上手くいっている。

・2022年のパーシャルスピンオフ税制改正で、ソニーフィナンシャルホールディングスがソニーグループからスピンオフされる予定である。

・事業ポートフォリオでは、出ていく事業もあれば、入ってくる事業もある。新しいポートフォリオの構築は企業価値向上の根幹である。

・海外企業による日本企業のM&Aも増えている。日本企業の活性化に向けて、これを促進しようという動きも活発になっている。

・PHCホールディングスが2021年に上場した。もともとは三洋電機にあった事業であるが、三洋電機を買収したパナソニックの事業ポートフォリオの中で、ノンコアと位置付けられた。

・十分な投資ができない状況にあったが、KKR(米国の大手PEファンド企業)に買収された。KKRからの支援は、資金だけでなく、経営支援チームから事業へのアドバイスもあった。

・医療機器業界において、その後もM&Aを手掛け、業界中位から大手の一角に伸し上がった。そして、上場に至った。パナソニックはノンコア事業を切り離し、KKRは事業再生でリターンを上げ、会社は上場企業として独立することができた。

・日本企業は、コアでない事業を低収益のまま長らく抱えていることが多い。本業の強化や周辺ビジネスに参入に当たって、M&Aを行う事例も増えているが、その後のPMIに手間取っていることも多い。M&A戦略を成功させていくには、マネジメントの力量が問われる。

・M&Aでは、1)その企業を欲しいという投資先が何社もあって、互いに対抗する「競合的買収」が増えている。2)買収対象企業の了解を得ない「同意なき買収」(敵対的買収)も目立っている。前者では東洋建設、後者では新生銀行の例があげられる。

・一方で、買収されたくないということで、買収防衛策を講じる企業もある。それが本当に妥当なのか。会社の何を守るのか。株主やステークホルダーにとって望ましいのか。ここでも戦略とガバナンスが問われている。

・経産省の「企業買収における行動指針」では、望ましい買収について、その考え方をまとめている。なによりも市場機能が健全に発揮されているか。株主の利益、株主の意思が尊重され、手続きにおいて透明性が担保されていることが重要である。

・その上で、1)企業の成長性、2)経営の規律と機会の確保、3)リソースの最適配分や健全な新陳代謝、に資するかどうか。その実効性の発揮が問われている。

・買収する側、買収される側の双方において、その意思決定プロセスは妥当か。執行サイドがフェアに判断し、取締役会での真摯な検討を経て、決定されることが必須である。さらに、十分な情報開示が行われ、一般株主、一般投資家が企業価値向上の行方を判断できるようにしてほしい。

・M&Aがうまい企業とそうでない企業がある。企業の内部成長戦略は相対的に分かりやすいが、M&Aによる外部成長を目指すといわれても、投資家はなかなか判断しにくい。事業ポートフォリオを入れ替え、業界再編をリードし、企業の新陳代謝を促進するM&Aで、ぜひ成功体験を積んでほしい。

・M&Aの戦略を立て、それを実践し、PMIをきちんと仕上げていくことができる組織能力が備わっているか。ここが企業価値を創り出すもう1つのパワーである。この組織能力を見極め、戦略とガバナンスを的確に評価して、投資に活かしたい。

 

自然資本の活かし方

・われわれは、自然の中で生きている。自然の中で生かされている。自らの快適さを追求すると、知らず知らずのうちに自然を壊していることが多い。

・今住んでいるマンションの前の姿は忘れてしまい、近くの大自然のごとき巨大な屋敷が突然整地され、マンションが建つという光景を目の当たりにした。この自然林で長らく暮らしてきた植物、動物は一瞬にして一掃された。

・人による開発とは、こういうものであると実感する。そこには流儀があるといっても、どんなルールを作っていくべきなのか。新しいマンションに自然資本はどこまで活かされていくのか。今、ここが問われている。

・自然資本は、森林、土壌、水、大気、生物資源など、自然によって形成される資本である。この資本をベースに、2つのサービスが提供されている。

・1つは、生態系サービスとして、①供給サービス(食料、水、木材などの供給)②調整サービス(大気、気候、水量、土壌侵食などの調整)、③文化的サービス(景観、芸術、教育などの価値提供)がある。

・2つ目は、非生物的サービスで、鉱物、金属、石油、天然ガス、地熱、風、潮流、季節などがある。こうした自然資本を使って、サービスが提供され、それを利用して企業活動を行っている。

・この自然資本を、サプライチェーン、もっと正確にはバリューチェーンの中でしっかり捉え、自らの立ち位置を掴んでおく必要がある。自然は便利に使えばよい、というわけにはいかない。しかし、どこまで広げれば気が済むのか、という思いも高まってくる。

・生態系サービスの中で、生物多様性をいかに守るか。これを破壊している要因は、人による土地や海の利用変更であり、これが自然の生態系(エコシステム)の悪化を招いている。非生物的資本においても、伐採して、採掘して、使ってしまえば、資源はいずれ枯渇してしまう。

・エコシステムとして、少しでも守っていく必要がある。GHG(温室効果ガス)をコントロールしてカーボンニュートラル(CN)を達成しようという目標は、その中の1つである。

・ネイチャーポジティブはもう1つの柱である。自然の悪化を食い止め、回復軌道に乗せることをめざす。生物多様性の減少を食い止め、生態系サービスを含めた自然の状態を改善することを目標にする。

・こうしたスタンスをネイチャーポジティブと称する。TCFDに次いで、TNFD(Taskforce on Nature-related Financial Disclosures:自然関連財務情報開示タスクフォース)が問われている。

・自然はコントロールできるのか。1億年単位でみれば、1億年前に人はいなかったが、そのもととなる生物は存在していた。1億年後に人類がいるかどうかはわからない。しかし、何らかの生物には生存していてほしい。人間の知識で解明できたことをベースに、知恵を活かして、自然のサステナビリティを高めたい。

・企業は自らのバリューチェーンの中で、できるところから目標を定め、活動していくことが望ましい。それが自らの企業価値向上に結び付くなら、やる気も出てこよう。単に自然資本との折り合い(トレードオフ)をつけるだけでなく、自然資本を守りながら、企業価値の創出につなげていく。

・単に消費してしまうのではなく、再生できるように工夫していく。再生への道を自社だけでなく、サプライチェーンを巻き込んで具体化する。業界上げて活動する。国の行動基準を明確にして、国際的にも協調していく。

・トップダウンでやらされるだけでなく、ボトムアップで望ましい方向を作り上げていく活動が重要である。これを、ステークホルダーを巻き込んで、自らのサポーターとしていくことも必要である。

・NRIの機関誌「知的財産創造」(2023年10月号)では、「カーボンニュートラルからネイチャーポジティブへ」を特集した。こうした視点を頭に入れて、企業活動をみていくと先進的企業と後進的企業の差がはっきり見えてくる。

・そこでは、企業価値に結び付くかどうかがカギである。①サーキュラーエコノミー、2)カーボンニュートラル、3)ネイチャーポジティブ、という3つの軸から企業のサステナビリティを評価したい。

 

スタートアップの成功に向けて

・2つのスタートアップ企業の社外取締役に就いている。役割は、立ち上げ期の苦労の中でも、会社がきちんと活動して、社会的に認知されるように、取締役会を監督していくことである。

・起業家には、それなりの志がある。自らの能力を活かして、仲間を集めて、事業を立ち上げていく。それをサステナブルにできるか。一定の顧客をつかんで、事業を黒字に持っていかなくては、いずれ資金が尽きてしまう。

・将来有望な事業であれば、投資家や融資を頼める金融機関を募ってファイナンスを継続することもできるが、初期の段階ではなかなか容易でない。

・岸田政権の「新しい資本主義」実現会議は、「スタートアップ育成5か年計画」を策定した。スタートアップ企業への投資額を大幅に拡大して、スタートアップを生み育てるエコシステムを創り、第二の創業ブームを実現させようという意気込みだ。

・うまくいくのか。20代から50代まで、事業を起こしたい人は大勢いる。独立して、会社を経営したいという人は多い。会社を作って事業を始めることは、形式的にはやさしいが、それを続けて大きくするには相当な困難を伴う。でも、日本に中堅中小企業が200万社以上あるのだから、これからも起業家になるチャンスが大いにあろう。

・政府はスタートアップへの投資額を、5年で10倍にして、起業を加速しようとしている。①人材・ネットワークの構築、②オープンイノベーションの推進、③資金供給の強化、④出口戦略の多様化を図っていく。

・まずは起業数を増加させ、その中からユニコーン(大型ベンチャー企業)を排出させようとしている。創業から事業拡大を進め、海外展開を含めた成長によって、経済全体への波及を目指す。

・1)起業家教育、2)若手の人材支援、3)スタート時のファイナンス、4)ディープテックのR&D支援、5)IPOやM&Aの促進、などに一段と力を入れていく。

・ディープテックやライフサイエンス領域で、アーリーステージのスタートアップを、2000億円規模のグロースファンドで支援する。社会実装に向けR&Dに1000億円、創薬ベンチャーの実用化開発に3000億円の支援も用意している。

・また、グローバル展開が図れるように、1000人規模の起業家育成に向けて海外派遣を実施する。創業時の信用保証に、経営者保証が不要となるような新たな信用保証制度もスタートさせた。エンジェル税制の拡充やインパクトスタートアップの支援も盛り込んでいる。

・これで日本をスタートアップ大国にもっていけるか。ソフトバンクG、ニデック、キーエンス、ファーストリテイリング、エムスリーのような会社が続々と出てくるか。それには、やはり「信長の野望」のようなスピリットが欲しい。地方から全国に、国内からグローバルに育ってほしい。

・日本取締役協会は、2023年4月に「わが国のベンチャー・エコシステムの高度化に向けた提言」を出した。世界のベンチャーキャピタルがすぐに投資したくなるようなエコシステムを、日本に創る必要がある。

・従来のようなやり方では世界に通用するベンチャー企業が育ってこないという指摘を踏まえている。日本のスタートアップの育て方にはいくつかの根本的な誤解があるという。

・リスクをとって起業し、企業を育てるのは創業者であり、すべての経営を創業者に任せ、リスクを取らせようとする。本来、リスクテイキングは、投資家、銀行家が担うべきなのに、ひたすらリスク回避的なアプローチで支援をしているのではないか。

・これでは企業は育たない。日本のベンチャー企業を支えるエコシステムが、グローバルスタンダードからずれているので、海外のベンチャーファンドが入ってきにくい。日本の仕組みが、ここでもガラパゴス化しているという。

・グローバルマーケットで勝負できるスタートアップを「G型スタートアップ」と称して、G型スタートアップのためのコーポレートガバナンス(CG)のあり方やステークホルダーの規律について提言している。

・G型スタートアップのためのCGを、経営高度化のための仕組みとして、しっかり位置づける必要がある。シード期からシリーズA(アーリー期)、シリーズB(ミドル期)に、グローバルベンチャーキャピタルを招くには、彼らに合った仕組みを整えて事業を展開する必要がある。

・創業者がベストの経営者とは限らない。ベストCEOを選定する仕組みが必須で、その経営陣に対する実効性の高い監督が求められる。グローバルベンチャーキャピタルが株主に入ってきても、高い経営能力が発揮できる仕組みを早めに作っておく。

・シリーズA、シリーズBの局面で、誰がファイナンスに応じてくれるか。PFI(Product Market Fit)の観点からみて、収入がコストを上回るような状況が見込めるか。

・PFIのための投資(シリーズA)や、顧客やマーケットを広げるための開発投資やマーケティング投資(シリーズB)が十分対応できるか。既存の投資家によるフォローオン投資(追加的投資)や新規投資家の開拓が勝負の分かれ道となる。

・IPOやM&Aで、創業者のインセンティブが緩んで、マインドセットが変節するようでは困る。企業の発展ステージによって、経営者や組織に求められる資質はどんどん高度化する。これを担う人材の適所適任がCGの本来的やるべきことである。

・提言では、わが国ベンチャーキャピタルの企業価値評価の仕組みが、グローバルスタンダードであるIPEVガイドライン(International Private Equity and Venture Capital Guideline)による公正価値評価に十分合致していないという。

・簡便的な方法によっているため、ベンチャーファンドに投資しているリミテッドパートナーが、パフォーマンスをグローバルに評価できない。もっと比較可能にする必要がある。

・まずは黒字化、次に一定の報酬が得られるように、起業家は必死である。このプロセスで不正がまかり通ってしまうこともある。次が、取り敢えずIPOを目指して、スモールIPOに成功する。

・ところが、ビジネスモデルの進化が止まってしまうと、ここで成長も一段落してしまい、次のステップに進めない。創業者は数10億円の時価に満足して別のことに目が向いてしまう。そういう経営者も多い。

・志には必ず社会的価値の実現が根っこにあり、それが自らのパーパス(存在意義)である。経済的価値にとらわれ過ぎて、短期の金儲けに走ってしまうと後が続かない。

・少しゆとりが出たところで、志がゆるまないように、ガバナンスを効かせながら次の高みを目指してほしい。成功者は今のレベルに甘んずることなく、自らの成長だけでなく、バリューチェーン全体の価値創造にも力を注いでほしい。そして、次の社会的価値創り、すなわち社会的課題の解決に領域を広げてほしい。

・これからも、「日本の将来を担うリスクをマネージできる投資家と企業家を育成すること」(私のパーパス)に邁進したい。日本のスタートアップが続々と力をつけてくることに注目したい。